佐久島は、三河湾の真ん中にある、県下最大の島。
人口300人余 昨年4月に、西尾市と合併しました。
一色港から、乗合船で20分です。
島は、観光地化していず、古き農漁村風景です。
自然以外工作物が少なく 何もないのが良く、私もリピートしています。
乗合船の発着場の護岸の海を見ていたら、
島のおじさんが、時期になると、ここにクロダイが、何百匹も群れて来るんだよ。
でも、「見向きもしない」と説明してくれました。
私は、島の人はタイを食べ飽きてるんですネ うらやましいと相槌をうつと、
ちがう! ちがう! 釣針の餌に見向きもしないんだア~
と笑っていました。
主語省略の日本語は、難しいです。
船を降りたところが、佐久島銀座10軒程の食堂、民宿、喫茶店等が道路
沿いにあります。
とあるお店の前で、小学生が5人アイスクリームを食べていたので、
島の小学生全員集合かと見ていたら、おばあちゃんが、写真撮ってもらいなさいと
撮影場所まで指定してくれました。
お孫さんですかと聞くと、都会へ嫁いだ娘と孫たちが、夏休みで帰って来たと嬉しそう。
自然に恵まれた、故郷があるのは良い。
島内の交通手段は、主に軽トラか原付 歩いていると後ろから、耕運機
がバタバタと疾走してきました。子どもたちはおもいっきり手を振ってくれました。
島の人は、あたたかい。
佐久島名物は、大アサリ丼 甘辛いタレと、アサリの噛むとグチュとする食感が
美味しい。
そして、佐久島はア―トの島 島内にはさまざまなオブジェがあり、あれ こんな
ところにと、風景に溶け込んでいます。
おひるねハウスは、一番人気 海を見ながらハウスの中で昼寝をするはずが、
写真のとおりです。人も作品の一部になっているようです。
アミーゴは友達の意味 お店の名前は、The Amigos
時々買い物をする食料品スーパーです。お店の看板に、ブラジルとぺルー国旗が。
お店の中は、ブラジル人、ペルー人がほとんど、
店内は、ポルトガル語とスペイン語のやりとりばかりです。
最初はレジで、おばさんが、ポルトガル語でペラペラ
手で、話せませんと表現すると、ポルトガル語で、「あれまー!」
そのあと、嬉しそうに、あれこれ日本語で説明してくれました。
ニコニコとした、明るい笑顔
何回も通ううちに、日本人と認識され、不自由しません。
好きなのは、もちもちしたパンと、牛肉(オージービーフ)のモモ肉の、イチボ
脂身が少なく、柔らかく 噛むと肉の美味みが口に広がります。
レジのおばさんに やわらく美味しいヨ と言われて以来 ぞっこんです。
気象庁は、東海地方は梅雨明けしたと発表しました。
通勤途中で聞くラジオでは、日本は四季の国ではなく、梅雨を含む五つの季節だと、
朝日新聞の天声人語を引用して、再三CMをしています。
同感です。梅雨の季節があるとおもいます。
今の四季では、梅雨は春に含まれるのでしょうか? 天気予報士は、梅雨があければ夏本番とコメントしています。じゃあ梅雨は、夏のはしりなのか?
季節も、風情も変わりつつあるようです。
夏は、苦手です。暑いから。
子どものころは、夏大好きでしたが、
体力が衰えつつあり、夏は年々あつくなるので辛いです。
昼食用に、コンビニでマーボー豆腐を購入。暑い時は、あたたかなものでと思い。
そして、帰宅し 暑いときは涼しげなものをと冷ややっこ。
食卓に並んだ2品 豆腐料理です。並ぶまで気がつきませんでした。
暑さは、思考力や判断力が低くなるようで。
昨日 長男ファミリーが、袋井市の法多山へ行きました。
暑いので、運転や家族の体調に気をつけてと言いながら、
頭の中は、厄除け団子が食べれると?ニンマリ。
団子or餅?が頭に浮かんできました。
以前も、ファミリーで潮干狩りに行くと聞いたら、夕食にアサリの味噌汁が浮かんできました。
無事帰宅し、イメージどおり、厄除け団子を食べています。
甘さが控え目で、美味しくいただきました。
イメージは大切、良きイメージは結果に結びつきます。
仕事でも、うまくイメージできないときは、苦労します。
さて、少し甘くない事を
政府が、発電量に原発比率を聞く公聴会が名古屋で開催され、
発言者にC電の管理職が個人資格で参加し、職名を名乗り原発推進を主張したと
報道されました。テレビで何度も観ました。
参加、発言はルールの中でされていますし、また、意見はそれぞれですので気にはしません。
ただ、国民の意見を聞く公聴会に、関わりのある人が個人資格とはいえ参加するのは、違和感を覚えます。
電力の安定供給の使命感は理解できますが、職氏名を自己紹介すれば、
個人発言とは思ってくれないでしょう。そこまで、イメージしたのか。
イメージとは、論理でなく、直感だとおもいます。
業務をしていて、時として結果を伴わないことがありました。
要因として
・努力したが、成果があげられなかった。
・気がつかない、要因があった。
・そして、もしかしてと気づきながら、まあいいかと判断した事。
1と2は、今後の改善や反省に結びつきますが、
3は悔いが残ります。何故あの時と・・・・
3の経験から多くのことを学びました、適切な判断と、さまざまな勇気を。
子どもに関わる悲しい事が報道されています。
裁判も2つおきています。
何故 現場は気付いたら対応しなかったのか。気が付かなければ別ですが。
現場の判断には勇気が必要です。今となっては、悔いを感じているでしょうが?
それが残念。勇気を持たなくては。
上層部には、組織のベクトルがあるのでしょうが。どこまで子どものことを思ったのか?
海に、防波堤があるように。守るべきものは一つだと思います。
