昨日は晴天で暖かな日 そして風の強い日でした。
車のドアを開けると風に煽られて、全開か、閉まるかどちらかです。
風も、フォローなら良いが、アゲインストなら少々難儀します。
でも、ヨットは帆に風を受けて風上へも進む。ヨットは偉い。
今日は、魅力的な雲をたくさん見ました。
空を見るのは、太陽と雲を見る事です。感じるのは温度と風です
最初の写真は、またまたウサギ雲のようです。
くどいと言われそうですが、今回は眼があります。
空を見ていると、胸が膨らみます。
午前中は、町内会総会でした。役員の中でも大役候補になりましたが
選挙で次点でした。
若輩を評価してくれるのはありがたいですが、仕事をもっていると結構悩ましいです。
来年への持ち越しです。
A美さんのブログ うさぎ小屋の日記のタイトル「パンと暮らす」から、題名と思いを拝借
Kヨさんのブログ 耳をすましてのタイトル「読書メモ」からモチーフを拝借
どちらも、毎日訪問する知人のブログで、共感すること多々です。
お二人より拝借して、ギャラリー親うさぎ「本と暮らす」です。
私は本を読むが、読書家と言われる程読んでいず、また、深くは読み込んでいません。
家にある本を全部読み切ったかと言われれば、少々怪しい。ありていに言えば本が
壁に貼りついているだけです。
ここでいう本は、活字だけで編集された狭義の意味の本ですが。
また、読んだ形跡はあるが、内容は忘れてしまい、あまり定かではない本も多数あり。
また、読書→積ん読く→再読→書き込み・付箋貼付の本もあります。
屁理屈をつければ、如何に多数読んだかと共に、どう感動したかが大切。
もっと言えば、心に残る数行があれば・・・
そして、購入した本は全て読む必要はなく、本がそこに在ることが大切が持論です。
読んでいない本にゴメンです。でも、本が在るだけで落ち着く質(タチ)なので
ご勘弁を
多くなると、雑誌類を主として処分するのですが、
若い時に読んだ文庫本は大切にしていて、私のお宝です。
最近は、感性の衰え著しく、活字だけの本を読むのが辛くなりましたが、
でも、寝食を忘れて、むさぼる本に時おり出会えて嬉しい。本は暮らしなのです。
写真の多い雑誌や、ネットで情報を得るのも良いが、
本の活字を目で追うのは、楽しい。
❤保育園年長組のY太は、好きな女の子からチョコレートをもらった
ようです。(未確認情報) といっても、お母さんが、Y太宅へ届けてくれるようです。
乙女ごころは、保育園から
❤6時過ぎに帰宅すると、愛犬はなが、ビクターポーズでお出迎え。
尻尾フリフリ、身体をスリスリして甘えています。普段はハウス内でマルまって尻尾を
1~2回振るだけの愛想なしですが、今日は違う。
はなもお祝いしてくれているのかと嬉しかった。
実は、配偶者が風邪で寝ているので心配していたようです。
気配に敏感で、家族の状態はほとんど把握しています。
❤親うさぎ 頂きました。ありがとうございます。
写真は、うさぎのチョコです。可愛い。
今年は、何故かGODIVAを複数頂きました。ブレークしている? ようです。
私は、昨年は名前しか知らなかったのですが。恐るべし、チョコ市場。
数日前、カーラジオで公共広告機構ACジャパンのCMが
流れていました。
こんな内容でした。
「扉をノックする音 ドンドンと強くたたく たたく音が強くなる
そして、バリンとガラスの割れる音
ナレーションで、扉はガラスで出来ています。優しくたたいてね」
過去経験では、
扉を叩く時に、もう少し強くたたけばと思ったり、
また、このぐらいたたいてもいいかと思ってたたいても、割れたりします。
たとえ、それが自分なりに合理性があると思っても
扉のたたきかたは難しいです。何度悔んだことか、
扉は優しくたたくか・・・、
時には、たたかないことも大切・・・
そしてある時には、強めにたたくことも・・・
難しい。人間まだまだです。
余韻は、音が鳴り終わった後に、かすかに残る響きと言われています。
1月26日に、ピアノの演奏を聴き、
翌日には、映画でピアノ曲をたくさん聴きました。
ピアノ演奏を、生(Live)で、そして、映画館の大音量スピーカーで
名曲を、これでもかと耳に叩きこみ、嬉しくてハイテンションになって
いました。
頭の中は、音の余韻が渦巻いていました。
それが、少々困ったことに・・・
その後、自宅オーディオで、同じピアノ曲を聴きましたが、どこか違う?
音が違う、我が家の音は透明感がない! 切れがない! 臨場感が薄い!
昨日のピアノの音色とは違う!
少し凹みました。
今は、回復しました。オーディオ装置が不調ではなく、耳が回復したのです。
考えてみれば、美しいライブの音色(一流ピアニストが、響きの良いホールで、
スタインウェイで弾く)&映画館の音(情報量と低音と音量)の余韻が、頭の中にあるうちに、
ベートーヴェンやショパンを聴いて、音が違う!と感じるのは相当無謀でした。
もともと違うソースの音を、聴き比べても,別物なのですね。
回復方法は、家で少しの間 音楽を聴かないことと、
聴くなら別ジャンルのジャズやボーカルを聴いていました。
音を聴いていて、音楽を聴いていないとこうなるようです。
また、絵画展で感動し、帰りに展示絵画のポストカードを購入したり、
ライブ興奮で、ミュージシャンのCDを購入したりしています。
やはり、余韻があるうちは、ポストカードや、CDに同じ感動は得られません。
その後少し時をおくと、CDを聴いてライブの余韻を楽しめます。
その乖離が無いのが、読書では、
本は活字を、目で追うだけですので、場所も、単行本か文庫本かの影響はあまりありません。
後は、読む時の感受性だけかな。
映画 さよならドビュッシーを観ました。
ピアノコンサートの翌日が、ピアノ曲が10曲も画面に流れる映画で、
贅沢なピアノ三昧です。
映画は、ピアニストを目指す少女が不可解な事件に巻き込まれていくミステリー
です。映像は美しく、ショパンや、ドビュッシーのピアノ曲が多くの場面で流れ
ミステリーというより、ファンタジーな映画でした。現実的ではありませんが、映画ですので。
ラストの、ピアノコンクールシーンでは、ウルウルしました。
以前、名古屋まで観に行った映画 「ピアノマニア」は内容もマニアックで、良い映画ですが少しコックリをしたことがあります。
今回は、おおきな期待をせずに行きましたが、感動しました。
泊真美子さんのコンサートは、北風吹く寒い冬の日でした。
MCで、好きな作曲家はベートーヴェンです。
人生と真っ向から向き合う、彼自身の姿が音楽から滲み出てきて、
第九に至ると語っています。
CDの解説のあとがきに感銘を受けたので転記します。
~CD製作を終えて~
人として多くの試練と共に歩み
もがき、悩み続けた20代だったと思います。
そんな中で、少し気がつきました。
どんなに泣いても、望んでも、どうにもならない時代があり
私は、大宇宙の中の小さな生き物。
目に見えぬものに支配され生きているのだということを。
「私は、私。」「なるようになるさ。」
その言葉の意味が、分かるようになってきたことが
一歩 歩んだのかと思えます。
そんなことに 気付かせたくれた「ベートーヴェン」に心から、
感謝しています。
泊 真美子
演奏のピアノ・ソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」は、感動しました。
作品を描ききり、熱い思いが伝わりました。
昨日 職場の先輩のお通夜に参列しました。
昨日の新聞に訃報記事が掲載されています。
Hさんは、10歳ほど年長で、初めての出会いは、私の就職でした。
当時人事担当で、就職試験の書類を持って行ったら、○○君は、他はどこを
受けたの?と聞かれ、△団体に内定をもらいましたと答えると、合格したら
どちらにいくのと聞かれ、もちろんこちらです(本心でした)と返事をしました。
その後、職場で上司として、ご一緒させて頂きました。
仕事には厳しいが、部下思いのあたたかなハートを持っておりました。
真摯に仕事をし、結論にいたるまでに、どれだけ深く論理的に考えられるか。
そして、結果については後悔しない、言い訳をしない。等々
薫陶を受けました
Hさんが任期満了で、職場を去る時、たまたまお世話する課に在課していたので、
手書きイラストを贈りました。
通夜は、多くの人が訪れ、式場のドアの外にも参列者で一杯となりました。
帰ってから、配偶者にそのことを話すと、「人が財産なのね」ポツリと一言。
